ものごころついてからというもの、どれだけたくさんの不安に出会ったことでしょうか。 「この種の不安とはなじみになったからもう大丈夫かな」 と、いっとき安心しても、ほどなく新手の不安が現われて、また悩まされる。ずっとそのくりかえしのような気がします。 自分の内側にも、外の世界にも、常に存在する、さまざまな不安のタネ。それらは、いつひょっこり芽を出すかわからず、あちこちにひそんでいます。 不安におびやかされずに生きていけるなら、どんなにラクかしれないのに、と思います。できることなら、不安でこころを萎縮させることなく、おだやかに、のびやかに、生きていきたいもの。 でも、残念ながら、人生に不安はつきもののようです。 なるべく出会わないように心がけていても、新しい人とのかかわりから不安がもたらされることもあれば、環境の変化にともなって、ひょいと顔を出すこともあります。また、世の中には、努力ではどうにもならないことや、人知の及ばぬことなど、不安を感じずにはいられないことが、たくさん存在します。 なにより、人生は、そのおりおりが歩いている途中の道。これから歩んでいくつもりの道は先がよく見えず、不案内なのですから、不安がつきまとって当然といえば当然です。 このように考えると、やっぱり不安は避けようのないシロモノなのです。 とあれば、はじめから「不安とは縁が切れないもの」と腹をくくってしまったほうが、いいのではないでしょうか。そして、不安に屈するのではなく、不安とうまくつきあっていくすべを探るのです。 「不安は避けようがない」とはいうものの、不安によってさまざまな弊害が生じることも事実。 不安な気持ちにとらわれていると、本来もっている力を十二分に発揮し切れません。「こころここにあらず」で集中力は低下するし、体調不良としてからだに飛び火することもあります。 不安な自分を鎧でかため、素の自分を出すことができないために、人と真の信頼関係を築けないという対人関係での悪影響も見逃せません。 なんにせよ、不安だと「こころ楽しくない」のひとことに尽きます。 だから、「不安とうまくつきあうすべ」を探すのです。 不安な気持ちがわきおこるのを完全に防ぐのは無理だとしても、「不安をそれ以上あおりたてない」「上手に解消する」など、うまく工夫することはできるはず。つまり、自分の受けとめ方次第で、気持ちをラクにもつことはできるのです。 そして、自分の不安解消法を探っていくのと同時に、逆のことについても思いをはせたいもの。逆のことというのは、「自分のかかわり方が他人に不安を与えていないかどうか」です。 人とのかかわりにおいては、「自分が他人から不安にさせられる」ことにばかり思いがいき、逆については、ややもするとむとんちゃくになりがち。 でも、実は自分も知らず知らずに誰かを不安にさせているかもしれず、そのことが人間関係のよりいっそうの広がりを阻害しているかもしれないのです。 もし、相手の不安を取り除き、安心感を与えるようなかかわり方ができれば、人生は、より豊かなものになるのではないでしょうか。 不安は、「あってあたりまえ」ではあるけれど、誰にとってもやっかいなもの。そんなやっかいものと「つきあっていくぞ」と腹をきめたら、一緒に「不安とうまくつきあうすべ」を探しましょう。 (第1章から第3章では、それぞれの項の前半に「ストーリー」があります。後半では、そのストーリーを題材に、それぞれの不安とのつきあい方について、具体的にお話しています)