「黙ってちゃわからないだろう!? さっさといいなさい!」 大きなカミナリが落ちた。マチコはうつむいたまま、上司をチラリと見た。額の右端にくっきり青筋が立っている。怒らせてしまった。黙っているのが、反抗しているととられたのかもしれない。 「考えをいいなさい、といってるんだ。なにも考えてないわけじゃないだろう」 上司がイライラした声で追い討ちをかける。 もちろん考えている。頭のなかでたくさん。いますぐそれを全部伝えて、上司の怒りをおさめたい。でも、それを表わすことばが見つからない。 「おおまかでいいんだから!」 “おおまか”とは、どの程度のことをいうんだろう? それが把握できなければ答えられない。 「もう、いいっ! 時間のムダだ。とにかく私のいうとおりにしなさい。いいな!?」 上司は身を硬くしているマチコに早口で指示を言い渡すと、足早に去っていった。 惨めだった。どうして上司に、なにもいえなかったんだろう。 上司が考えをいえと迫っている間、マチコはことばを探していた。どういったら自分の考えていることを表わせるか。これ? 微妙に違う。こっち? しっくりこない。説明したくてたまらないのに、できないもどかしさ。頭のなかの迷路の出口を必死に求めていたが、ひとことも発しなければ上司に理解されるはずもない。 いいたいことが見つかりかけたと思ったとき、怒鳴られて萎縮し、ことばを飲み込んでしまった。もやもやしたあいまいなことばでは、いきりたっている上司に受け入れられそうにない。それに、切り返されたときにきちんと反論できるほど、ことばの輪郭はまだはっきりしていなかった。 3日間、自分がなにを、どのようにいいたかったのか考えた。何度も自分の思考を行きつ戻りつするうちに、アクが浮くように、ことばが浮かび上がってきた。 「そう、こういうことをいいたかったんだ、私は」 自分でやっと納得ができたことばを、おずおずと上司に伝えた。 「なんだ、考えてるんじゃないか。それならあのときに早くいいなさい」 上司はそっけなかった。あのときにいえれば、こんなに切なくならずにすむ。私は頭の回転が遅いんだろうか? それとも、変にこだわりすぎているのか? マチコはうなだれた。 それからしばらくして、社内でコミュニケーションの研修があった。はじめにツールを使って自分の行動傾向を分析する。そして、特徴的な4つの行動特性が、自分にはどのような強度で表われているか見る。 マチコの行動パターンを表わすキーワードがいくつか出てきた。 「『正確』…、『慎重』…、『抑制的』…?」 はたして自分に当てはまるんだろうかと考えていると、講師がいった。 「自分のクセに気づかない人は多いものです。でも、自分自身をよく知ることが、他人を理解することにつながるんですよ」 そのとき、斜め前の席にいた上司がつぶやくのが聞こえた。 「たしかに私は『結果重視』だが、『支配的』で『強引』かねぇ」 マチコから見れば、ぴったりだ。でも自分ではわからないらしい。そのときふと、腑に落ちた。 「私、自分の考えを『正確』に伝えたかったんだ。『正確』さにこだわるから、あんなに時間がかかるんだ」 そのこだわりが、結果を直ちに求めたがる上司からすれば、イライラすることこのうえないのだろう。上司の威圧に負けないで「1日時間をください」ときっぱりいったほうが、まだいいのかもしれない。それより、もし上司が「明日キミの考えを聞きたいから、それまでにまとめておいてくれ」といってくれたら、どんなにありがたいか。与えられた時間内に準備を整えることができるもの。 「人は、自分と違うことを『間違い』ととらえがちですが、そうじゃない。違いは、たんに『違い』でしかないんです」 講師がいった。 * * * * * * * * 頭ではわかっているのに、実行できないこと。結構ありますよね。 「人はそれぞれ違うから、他人を自分と同じように思ってはダメ」というのも、そのひとつ。 えてして人は自分を基準に考えがちです。自分の考え方や行動パターンは、自分自身が慣れ親しんであたりまえになっているので、他人にとってもあたりまえのような錯覚をおこすのです。そして、ともすれば自分と違う考えや価値観、行動のしかたを否定してしまいます。 マチコさんは、自分の考えを一字一句違わず正確なことばで説明したかったのですが、そのことばを探すのに時間がかかり、それまでひとこともことばを出せなかったために、ペースの速い上司に「反抗的で、なにも考えていないヤツ」ととられています。そのギャップの大きさ。真意を伝えられなかった悔しさと、誤解された悲しさとで、マチコさんが自信を失くしたのは想像に難くありません。 上司がマチコさんの行動特性を理解して、彼女のペースを尊重してくれる人だったら、マチコさんの今後の仕事ぶりは変わってくるでしょう。マチコさんは自分の持ち味を「こだわりすぎ」という否定的なイメージでとらえることなく、「高い基準で正確にこなす能力」として強みにすることができるからです。自分に対する自信も、信頼度も、大きく変わるはずです。 しかし、そんな理想的な上司ばかりとはかぎらないのが現実です。むしろ、そうでない場合のほうが多いかもしれません。 なにかのきっかけで上司が変わってくれれば、と望みをかけるのは不毛です。でも、自分に対する理解を深めることだったら、できそうな気がしませんか。 自分のことは自分がよく知っていると思いがちですが、あながちそうとも言い切れません。自分にとっての「あたりまえ」を他人にとっても同じ「あたりまえ」と錯覚するように、自分の「あたりまえ」が自分独自の特性と気づかないことが多いのです。 マチコさんも上司も、自分の特徴を表わすキーワードはしっくりこないようでしたが、マチコさんからは上司のキーワードがぴったりに見えたのは、そういうことです。 たとえば、自分が窮地に追い込まれたとき、どんな行動をとっていますか。立ち向かって闘う人もいれば、逃げる人、またはじっと耐える人もいるでしょう。状況は同じでも、対処のしかたは人それぞれです。 自分の行動パターンが把握できると、気がラクになります。なぜなら、気持ちに余裕がうまれるからです。自分の様子を冷静に観察する、もうひとりの自分が存在する感じです。なにか困難に直面したときにも、問題と一体化してやみくもにもがくことなく、もうひとりの自分が「いまこんな状況だよ」「まだまだいける」「ちょっと無理してない?」と声をかけてくれます。 ただ、自分をつぶさに知るのに、自分ひとりでは限界があるかもしれません。他人は見えても、自分は見えないのが常ですから。だから、自分をよく知っている人に、お手伝いをいただきましょう。家族でも、友人でもいいです。「私がどんなふうに見えるか、教えてほしい」と頼んで、その人から見た“自分”について、語ってもらいます。長所、口ぐせ、気になるところ、…ほかにどんなことを聞きましょうか? 自分の「あたりまえ」が、じつは思いがけなく「強み」だとわかったらラッキーですね。また、自分と他人との違いをあらためて認識できるいいチャンスかもしれません。